ハートに響くメッセージ

なぜ、知らない=責めたり恥ずかしく思うのか?

迷いを晴らし人生を変えるきっかけは、ときに片言隻句であるものです。
今必要とされている方のもとへ、ハートに響くメッセージをお届け致します。

思考停止の殻を破り現実を変える高次元情報学の基礎知識は、「プレ・カンストゲーム」でもお届け致しております。
(おおよその難易度は、「お役立ちコラム一覧(ハートに響くメッセージ含む)」<「プレ・カンストゲーム」です。)

楽しく自由で豊かな現実を望まれます方は、人生のハンドルをその手にしっかりと握ってまいりましょう。

※用語のご説明:類は友を呼ぶ「波動・エネルギーの共振」とは

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価値観を見直す

 

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知らなかったのであれば、知りましょう。

わからなかったのであれば、理解できるようになりましょう。

もちろん、あなたがそうしたいと望まれるのであれば、ですね。

そこに、遠慮や恥ずかしさは要りません。

 

知るも自由、知らないも自由。

そこに善悪・優劣・上下は、ありません。

あなたの価値も、変わりません。

ただ、あなたの体験される現実は、変わります。

 

知らないこと、わからないことを、

責めたり恥ずかしく思われる必要はありません。

それも刷り込みですね。

 

思わず反射的に、ではありますが、

なぜ、知らない=責めたり恥ずかしく思ったりしてしまうのでしょうか?

それは、あなたの中に、

そのような考えや価値観があるからです。

 

それは、絶対のものではありません。

たくさんある考え方・価値観のひとつにすぎません。

 

そのたった一つの価値観を、幼い頃から常識や教育等で、

絶対のもの、唯一の物差しのように教えられてきたわけですが。

最終的にそれを受け入れ、いまも持ち続けていらっしゃるのは、誰でしょうか?

信じて握りしめていらっしゃるのは、誰でしょうか?

あなたご自身ですね。

それも尊重すべきひとつの大切なご体験であり、

責めたり恥ずかしく思われる必要はありません。

 

ただ、その物差しは、

手放しても良いのです。

 

「そういう価値観もありますが、私はその価値観はもうやめます」

というご選択も、自由になさって良いのです。

誰でも自由に選べます。

これが、これからの新しい知識ですね。

 

知らないこと、わからないことは恥ずかしいことである、責められるべきことであるという、

そのような価値観・考え方をお持ちではない方は、

知らないこと、わからないことを、責めたり恥じたりはなさいません。

 

それは、恥を知らないということではありません。

何を恥と思うか?

その価値観・考え方のちがいですね。

 

何かをご存じではないとき。

「知りたい!ぜひ教えてほしい♬ 」そう素直に心から欲し、言えるかどうか?

お知りになりました後。

「なるほど!そういうことか!! おもしろい♬ もっと知りたい♬ 」となるか?

 

それとも、いろいろあれこれ内心モゴモゴとしたご反応となるか?

「べ、べつに自分知ってたし。ちょっと知らなかったところがあったりなかったりするかもだけれど?

まぁどうしてもっていうなら、知ってあげても良いけど?」

等マンガ的に申しますとそのようなお気持ちになるか、ですね。

 

後者でいらしても、鎧を外して気持ちよくお進みになりますほど、

ご本人様の素直な良さが出てまいります。

どうぞその変化も、「そういうものなのですね♬ 」と気楽に楽しみながらお進みいただきたいと思います。

そのほうが、ご自身のお力全てを、効率良く推進力に換えていくことができます。

 

人生とは、地球とは、体験を楽しむ場であるということを、

どうぞやさしく軽やかに思い出していただきたいと思います。

 

そして、そうであるならば。

どんどん色んな体験をされ、すべてを吸収され、活かし、

いっそうご自分の好みに集約され、より気持ちよくお進みになりましたほうが、

断然お得だと思いませんか?

 

 

ひとつの知識が、いま、ご自分の中にあるか? ないか?

おまんじゅうがそこにあるか? ないか?

いずれも同じ、単なる事実です。

 

おまんじゅうが欲しければ欲しいと言い手になされば良く。

要らなければ、要らないというだけです。

そこに、責めや恥ずかしさは要りません。

まずは、そういうものであると知りましょう。

 

 

そして、その価値観・考え方は、

ご自分に対してだけではなく

他者を見る時にも現れます。

 

知らないことは恥ずかしい、責められるべきことであるとお思いですと、

何かをご存じない他者をご覧になりましたときに、

「恥ずかしい人である」と下に見ます。

見くだします。

 

ご自分が他者を見下していらっしゃいますと、

自分も他者から見下される、見下されている、見下されるのではないか、

そうお思いになり、ご不安になります。

 

そのため、「自分はそんな風に見られたくない」という意識が働きます。

ご自分が自分に対して向けている視線で、他者を見ていらっしゃいます。

他者を見ている視線で、ご自分を見ていらっしゃいます。

 

他者を見下す。

そこに愛(敬意と感謝)はあるでしょうか?

他方で。

知らないことは単に知らないという事実にすぎない、

善悪優劣上下はない。

ただ、知っておいた方が、いろいろお得ですよね、というお考えの方は、

他者に対しても、そのように見ます。

善悪優劣ではなく、フラットに見ます。

 

おまんじゅうの有無、おまんじゅうをおすすめする気軽さです。

「おまんじゅうは美味しいですよ、甘いものがお好きでしたら召し上がりませんか?」

ですね。

そして、それを受け入れるも受け入れないも自由である、ということもご存じです。

 

あなたにとって必要なものは何ですか?

望みにそった方向はどれですか?

本当に甘く楽しい日々は、どうすれば手に入るでしょうか?

 

楽しく自由で豊かな毎日を望まれます方は、

視野を大きく広げ、古いくさりはさらりと手放して、

ぜひお考えになってみてくださいね。

 

あたたかな敬意と感謝を込めてお届けいたします。

 

 

 

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