お役立ちコラム

【高次元分析】我慢は更なる我慢を呼ぶ/堂々と断る大切さ

高次元情報学の基礎知識

【お役立ちコラム】

思考停止の殻を破る高次元情報学の基礎知識を、身近な例を用い、Q&A形式で簡潔にわかりやすくお届けします。

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【質問】

 何事もガマンはしない方が良いとのこと。
 
でも、必要と言われる仕事や付き合いなど、イヤでも断れないこともあります。
 
小さなことなら、お受けしたりご一緒した方が、波風立たず、円満に事が運ぶと思いますがいかがでしょう?
 
 
【答え】
 
これも多くの方が気になるところだと思います。
 
「少しくらいなら・・」「あまりワガママを言っても・・」「ひとまず波風を立てないように・・・」
 
それが既に、刷り込まれた思考です。
 
 
私たちは、「周りに迷惑をかけてはいけない。ワガママを言ってはいけない。自分勝手はダメ」と
 
小さな頃から刷り込まれています。
 
でも、どんなに小さくても「ガマン」をすると、あなたはガマンの波動を発します。
 
(敢えてその選択をする、というのももちろんありです。
 その場合は、あなたが自分の意思で前向きに選択しています。
 そのため波動も異なります。)
 
 
ガマンの波動は、重く粗いものです。
 
妥協もガマンと同じです。
 
(よく話し合った上で、お互い納得した上での意見のすり合わせは、妥協とは異なります。)
 
 
波動は共振します。
 
同じ性質の重い波動を引き寄せ、次もまた、重く粗い、ガマンを強いられる現実を体験します。
 
繰り返すほど、ガマンの度合いが大きな現実を体験することとなります。
 
より大きなガマンを強いられることとなります。
 
 
押し売りに例えてみましょう。
 
少しくらいなら・・と思い扉を少しだけ開けると、相手は足を突っ込んできます。
 
次に、体をぐいぐいと押し込んできます。
 
入り込まれるほど、押し返すのが大変になります。
 
でも、一番最初の段階、扉を開ける前に断れば、最も労力は少なく済み、その後も楽です。
 
現実も同じです。
 
 
私たちは「断る」ということに、罪悪感を抱きがちです。
 
そのように刷り込まれています。
 
例えば、上の人や大人の言うことを聞く子が良い子、言うことを聞かない子は悪い子、という。
 
断る側は、相手を拒否したような、否定したような気持ちになります。
 
断られた側は、拒否されたような、自分の存在を否定されたような気持ちになります。 
 
なぜそんな風に思うのでしょうか?
 
なぜ断ってはいけないのでしょうか?
 
なぜ自分の意見を素直に伝えてはいけないのでしょうか?
 
なぜ周りに合わせないと自分勝手と言われるのでしょうか?
 
なぜ、イヤと思ったとき、素直にイヤだ、行きたくない、やりたくない、と言うことに罪悪感を抱くのでしょうか?
 
 
断らない、相手の言うとおりにする、というのは、単に相手にとって都合が良いだけです。
 
無理難題を押し付けても黙って受け入れる・・。
 
疲れていても、「もっと働け、クビにするぞ」と脅せば、ガマンして働く・・・。
 
支配者層にとってその方が都合が良いだけです。
 
 
断ることに罪悪感は要りません。
 
ケンカ腰ではなく、丁寧に相手の尊厳を大切にお断りすれば、何も問題はありません。
 
断った時に相手が不機嫌になった場合は、それは相手があなたのことを支配・コントロールしようとしていたからです。(自覚が無い場合も多いです)
 
相手が自分の思うとおりに動かなかったことに苛立っただけです。
 
あなたの責任ではありません。
 
相手の問題です。
 
 
 
支配・コントロールの気持ちがない人は、NOと言われても全く気にしません。
 
例えばランチに誘った場合、NOと言われても、「わかった。また今度ね」というだけです。
 
せっかく誘ったのに・・。私の顔をつぶして・・・」などということは全くありません。
 
 
仕事では断れないこともある、とお思いかもしれません。
 
確かにピラミッド型組織の中においては、そのような場面もあるでしょう。
 
そのためのピラミッド型ですから。
 
ただ、そこに属しているということは、あなた自身が、支配・コントロールを受け入れ、
 
NOと言わない・言えないことを(ある程度)受け入れています。
 
 
いやなら、離れれば良いだけです。
 
独立なんて無理? 一人では食べていけない? 大変だ?
 
そう思わされているだけです。
 
・・・というお話は長くなるのでまたの機会に譲ります。
 
 
相手が誰であれ、あなたが毅然と、でも穏やかに礼節を持ってNOと言った時には、それ以上押してくることはできません。
 
でも、あなたが少しでも揺れれば、エネルギーで相手に伝わります。
 
相手はエネルギー場で押してきます。
 
そういう現実を体験します。
 
 
「毅然と」といっても、ケンカ腰のことではありませんよ。
 
あなたの中でしっかりと決意する、です。
 
毅然としようと思うあまり、ケンカ腰になってしまうこともあるでしょう。
 
大丈夫です。
  
鎧(よろい)は要りません。
 
なたの中に、「私は引かない」という、静かながら強い決意があれば良いだけです。
 
ケンカでありません。
 
対立エネルギーでもありません。
 
あなたはあなたの本当の気持ちを、尊厳を、大切にすれば良いだけです。
 
 
あなたを支配・コントロールしたいと思う存在たちも、相手が引かないとどうしようもない、とわかっています。
 
だから、あなたを脅したり、罪悪感を抱かせるように仕向けます。
 
怖れ、恐怖、弱気、不安、罪悪感・・。
 
それにより、あなたはエネルギー場で引いてしまい、相手は押すことができます。
 
 
相手が図々しい、ぐいぐい押してくる、いつも無理を言ってくる・・。
 
それはあなたが受け入れているからです。
 
相手のせいにしている限り、その現実は続きます。
 
しかも更にエスカレートします。
 
 
それはあなたがやりたいことですか?  
 
それはあなたが心地良く感じることですか? 
 
あなたは本当はどうしたいですか? 
 
少し時間をとって、自分に優しく尋ねてみましょう。