【お役立ちコラム】
思考停止の殻を破る高次元情報学の基礎知識を、身近な例を用い、Q&A形式で簡潔にわかりやすくお届けします。
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【質問の要点】
(共依存の親子関係の一例)
・父が大きらいだが、会うとおべっかを使ってしまう
・そんな自分がイヤなのでどうにかしたい
・どうすれば良いか?
<前回までの回答要点>
1.まず、共依存であることに気付く
2.本当は父が大好きな自分を認める
3.共依存をやめる、と強く意図する
4.「父に気に入られる自分をやめる」と強く意図する
5.自分は人と迎合しなくても大丈夫な存在だと、自分で自分を認める
6.「父の良い面だけを見て、いやな面は現実に入れない」と強く意図する
【答えの続き】
自分を貫くと、お父さんと合わなくなると思いますか?
そんなことはありません。
例えばお父さんがあなたに「コーヒーを飲みなさい」と言ったとします。
お父さんは、良かれと思い勧めてきました。
あなたは飲みたくなくても、お父さんの気持ちを考え飲んだとします。
これも一種のコントロールです。
「これを飲まないと父はイヤな気がするかも」等考え、飲んだとします。
そうすると、その状態がOKということになります。
すると、さらにそのような状況が大きくなっていきます。
イヤだと思いながら従う状況がもっと増えてきます。
今飲みたくなければ、その旨を伝えてください。
「気持ちはありがたいが、今飲みたくないのでごめんなさい」と言えば良いだけです。
でも、私たちはそのように教えられてきてはいません。
人の厚意を無にしてはいけない・・相手の気持ちを考えないと失礼だ、等教えられています。
意図的なミスリードです。
我慢の方向へ行くように、敢えてまちがった知識を教えられています。
「厚意でやってくれているのだから、断るのは悪い」
「厚意を断るなんて失礼だ」
と思うように刷り込まれています。
違います。
厚意とは、その人の自由です。
その人個人の思考です。
他者が思ったことを、何でもかんでも受け入れる必要はありません。
コーヒーを勧めるのはその人の勝手です。
その人の自由です。
でも、それを受け取るかどうかは、完全にあなたの自由です。
あなたのテリトリーに入った問題は、あなたが自由にして良いのです。
自由にしないといけない、くらいに思ってください。
あなたが飲みたければ、どんどん飲んでください。
でも、飲みたくなければ、飲まなくて良いのです。
相手を気持ち良くさせるために我慢するとは、自己を犠牲にしているということです。
自己犠牲の波動は重いでしょうか?
軽いでしょうか?
(続きは後日お届け致します。)
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